【雑学】がんってどんな病気?正常細胞のがん化と「がん」という病気についてお話しします

突然ですが今回は「がん」について語ってみようと思います。
がんがどんな病気なのかわかるようでわからない、もう少し理解を深めたい、そんな人に向けて。
実は元がん研究をしていた私が語ってみます。
この記事を読むことで「がん」についてより深く理解してもらえるようにお話ししてみました。

がんはとっても怖いけどたくさんの人がかかる病です。がんってどんな病気なんだろう?と言う疑問について「がんの本質」について噛み砕いてお話ししてみようと思います。

ちなみに自分は大学院(国立)でがんを専門に研究していました。今は研究から離れて何年もたっていて専門家としては微妙なので、「ちょっとがんに詳しい人」と思ってもらえればと思います。当時は探求心の塊で(ある意味今も?)興味の対象について研究を続けることこそが生きがいだと思っていました(挫折しました)。

がんを理解するためにはまず細胞の生物学を理解する必要がありますが、今回はあくまで「がん」の概念を理解できるようにお話しします。一部あいまいな表現になっています。また中学生物を理解している人に伝わるレベルでお話ししようと思います。

専門的な言葉はできるだけ使わずにわかりやすく伝わるように書こうと思いますので、がんの本質についてふわっと(なんとなく)「そうなんだ~」と理解してもらえればと思います。

まずお話しを始める前にですが、私のがんに関する知識の元は「がんの生物学 Cancer」と言う参考書です。この本はがんの教科書でありバイブルと言える参考書です(日本語版は訳が少し変なところがありますが)。細胞生物学の基礎知識がないと理解し辛い部分もありますが、大変面白い本なので「がん」に興味がある方はこの本を読むことをお勧めします。もしこの本を理解したなら、現役のがん研究者と対等に対話できるでしょう。
ただし、この本を理解するためには「細胞生物学」の基礎知識があるほうが良いと思いますので、まずは基礎の「Essential 細胞生物学」教科書を読み、それから「がんの生物学 Cancer」を読むとより良いと思います。

メモ:「がん」と「癌」?
がんと言う病気についてひらがなやカタカナ、漢字で表記される場合がありますが、実は「がん」と「癌」と言う表記は使い分けられています。体中のあらゆる細胞ががんになる可能性を秘めています。例えば皮膚の細胞のがんである皮膚がん、血液のがんである白血病、骨などがんである骨肉腫など。その中で「癌」と漢字で表すものは上皮系の細胞におこるがんになります。今回は広義ですべての「がん」の話をしますのでひらがなで「がん」と表記します。

がん研究って?がんを理解することは正常な仕組みを理解すること

まず私がなぜがんの研究をしてみたいと思ったか少しだけお話ししようと思います。がんというのは細胞の増殖異常などが原因で引き起こされる現象ですが、人や動物が「多細胞(たくさんの細胞からなる生き物)」であることは必ずこのような異常な細胞が生まれるリスクがあります。

つまり、多細胞である限りがんという現象の可能性は必ず存在するのです。がんという病気になる人は多いですが、全員がそうなるわけではありません。それはなぜなのでしょうか?細胞生物学を学び細胞について深く理解するとわかることなのですが、正常な細胞の機能は「生命を維持する機能」ですがそこには「がんになることを防ぐ機能」も含まれています。

つまりがんを理解するということは正常な細胞の機能メカニズムを明らかにすることにつながるのです。細胞生物学はマクロの世界ですが、タンパク質を構成するほんの一部のアミノ酸の違いで機能に変化をもたらしたりします。がんを解明することと正常な細胞を解明することは表裏一体だと感じ、そこに魅力を感じていました。

人の体について「知りたい」という私の知的探求心にがんはぴったりだったわけですね。

タンパク質とアミノ酸って?
ここで言うタンパク質とは機能を持ったものを指します。タンパク質はアミノ酸と呼ばれる化合物(化合物とはある分子(分子とは酸素(O)や水素(H)炭素(C)など言った元素がくっついたもの))がたくさんくっついたものです。イメージとしては単位の小さい順に、分子の塊→化合物≒アミノ酸→アミノ酸がくっついた塊≒タンパク質。
そして、タンパク質は細胞の機能を担い、機能を持った細胞が集まることで組織(臓器)の形と機能を作り、人体はこの組織からなります。

がんってどんな病気?

少し前置きが長くなりましたが、早速ですがお話ししたいと思います。

がんってとても怖い感じがしますよね。「がん」がいったいどんな病気でどうやって引き起こるのか?お話ししてみます。また、がんが怖い理由についても理解してもらえるように書いてみます。

がんとは「細胞増殖」の異常による病気です。

ひとの体はたくさんの細胞によってできています。正常なすべての細胞は周りの細胞とコミュニケーションをとりながら自分のするべき仕事を専門的にこなしています。肝臓の細胞は肝臓の仕事を、筋肉の細胞は筋肉の仕事をしています。このようにすべての細胞は秩序の中で制御され、活動しています。(このような秩序が保たれる仕組みは周りの細胞とのコミュニケーションだけでなくその細胞の存在する環境にも依存します。)

細胞は仕事をする以外にも分裂して数を増やす能力を持っています。これが細胞分裂による増殖です。細胞の増殖は特に緻密にコントロールされていて、必要な時にのみ細胞分裂をして数を増やします。細胞の中には増殖を専門的な仕事として細胞分裂を行って細胞を供給しているものもいます(幹細胞(かんさいぼう)と呼ぶ)。実はそれ以外の専門の仕事を持つ細胞が増殖することはあまりありません。例えば皮膚や目の細胞のような細胞です。こういった細胞は体細胞と呼びます。

細胞増殖を担う幹細胞は必要なタイミングで細胞分裂をして専門的な細胞を生み出して組織に供給していきます。細胞の増殖は「細胞周期」と言う増殖サイクルで制御されています。細胞周期は非常に厳密に管理されています。基本的には勝手な増殖が行わないように、「休眠」状態にありますが、必要があれば分裂活動を始め、細胞の増殖が行われます。

このように普通は細胞が勝手に増えないような仕組み(メカニズム)を持ちます。少し想像できるかもしれませんが、この中で周りとのコミュニケーションを無視して無秩序に増殖する振る舞いをする細胞は「がん」細胞の一つの特徴と言えますよね。
ただし、このような自体は予め予測されているかのように多くの機能によって防御されています。もしこのような事態になることがあれば、そのような細胞を殺してしまうような機能があったり、異常があったらこのサイクルを停止させたり、幾重もの防止の仕組みがシステムとして備わっています。

正常細胞のがん化について

さて、ではどうして勝手に増殖をする「がん」細胞は現れるのでしょうか。

まずは「がん」は外からやってくるのではなく、かつて正常に働いていた細胞から生み出されたり、正常だった細胞ががんの性質をもった細胞に変化してしまったものです。つまりがんとは元々は自分の体の中の細胞と言うことになります。組織を構成する多くの細胞の中からなんだかおかしなやつが出てきてしまうのです。

ではどうして正常細胞はがん細胞に変化してしまうのでしょうか。正常な細胞ががん細胞になることを「細胞のがん化」と呼びます。

細胞は常に様々な環境ストレスにさらされます。たとえば紫外線や酸化ストレス、放射線、そのほかにも無数のストレスがあります。このようなストレスは生命活動をしている限り常に受け続けます。
このようなストレスによって細胞の中にある「ゲノム」と言う生命の設計図を記したものが傷ついてしまいます。そしてゲノムを構成しているのはDNA(デオキシリボ核酸)という化合物です。DNAという言葉は義務教育で学ぶのでもちろんご存知の方は多いと思います。(DNAに関する言葉の定義はここでは省略します)

ゲノム上には細胞が仕事(人の体が正常に働くための仕事)をするために必要な部品である「タンパク質」を作るための設計図が保存されています。細胞はタンパク質でできていて、人の体は細胞でできています。つまり、人の体のすべてはゲノムに記されています。

イメージとしてはゲノムとは人が活動するために必要なすべてのタンパク質のライブラリー(設計図の図書館)のようなものです(そしてゲノムという設計図に記すための言語がDNAというイメージです)。
細胞は自分の仕事をするために、必要なタンパク質をゲノム(設計図)をもとに作り出して活動しています。例えば皮膚の細胞であれば隣の皮膚の細胞と常にくっついていなければいけませんが、隣の細胞との接着剤となるタンパク質が必要です。これはゲノムに記載された情報をもとに作り出します。

豆知識:ゲノム?DNA?遺伝子?
ゲノムとは細胞の核に存在する生命情報を記録したものです。DNAという文字(言語のようなイメージ)を使って「タンパク質」の設計図が文章のように記録されています。ゲノムの中にはタンパク質の設計図のように「設計図として意味を持っているところ」と「意味のないところ」が存在します。「遺伝子」という言葉で呼ばれるのは主に「設計図として意味を持っているところ」になります。人はこの設計図(ゲノム)から作られたタンパク質によってできた「細胞」の集合体なので、人そのもの情報が記載されているのがゲノム(DNA)ということになります。

細胞は正しく作られたタンパク質によって機能を維持し、仕事(生命活動)をします。
たとえば肝臓の細胞は肝臓の細胞として仕事をするために必要なタンパク質を、皮膚になる細胞は皮膚の細胞として仕事をするために必要なタンパク質を、それぞれゲノムをもとに作り出して専門的な細胞としての活動を行います。
このように細胞の働きはタンパク質によるもので、そのタンパク質の設計図を記録しているのがゲノムでそのゲノムの文字がDNAと言えます。

ただし、例えばある専門的な細胞が仕事をするためにはその仕事をするために必要なタンパク質しか必要ありません。ところが体中のすべての細胞はどの細胞も同じゲノムを持っています。皮膚を作る細胞も血液を作る細胞も、全く同じゲノム情報を持っています。細胞は自分の仕事に必要な情報だけをそれぞれゲノムから引き出してタンパク質を作っています。自分の仕事に必要のない設計図には鍵がかかっていて、不要なタンパク質を作ることはない、と言ったイメージです。

では細胞がストレスにさらされ傷つくとどうなるでしょうか。
タンパク質の設計図であるゲノムを構成するDNAが壊れてしまいます。つまり、設計図が変になってしまうわけです。そうすると、変になった設計図を元に変なタンパク質が作られてしまいます。また、本来の仕事には必要のないタンパク質を作ってしまう場合もあります。このように変(異常)なタンパク質は本来の機能を失ったり、不要なものを作ってしまったり、のような問題が起こります。この結果、細胞はヘンテコな感じになってしまうことがあります。例えば目の細胞として働いていたのに、突然骨の細胞としての機能を持ってしまったり、勝手に増殖を始めてしまったり。

このようにヘンテコなタンパク質が細胞をヘンテコにしてしまった結果として「細胞を勝手に増殖させる」などのがんとしての性質を獲得したとき、細胞はがん化の一途をたどっていると言えます。

DNAが正常な状態からヘンな状態に変化することを「変異」が起こるといい、その結果作られた異常なタンパク質も「変異タンパク質」と呼びます。
ストレスによって、タンパク質自体が変になってしまう(本来と異なる機能や元の機能が破壊された状態など)場合や本来そこで使われるはずでないタンパク質が作られてしまう、従来以上にタンパク質が増えすぎてしまって暴走状態になる、など、細胞をヘンテコにする原因は「タンパク質の異常」が密接に関わっています。

ちなみに、細胞が異常増殖するだけでは「がん細胞」とは言い切れません。がん細胞の特徴としてあげられる次の3つの性質を得たものが「がん細胞」と呼べます。

がん細胞の特徴とは

さて、ここまで理解できたでしょうか。ただし細胞に異常が起こっただけですぐに「がんになった!」とはなりません。その異常が起こった結果、がんに見られる特徴的な性質を獲得したら初めてがん細胞となったと呼べます。

ではがん細胞の特徴とはどういったものがあるでしょうか。

自律性増殖:がん化した細胞が自分で増殖し仲間のがん細胞を増やすこと
転移:体の別の場所へ移動していくこと
浸潤:別の組織に入り込んで行くこと

この3つです。例えば無秩序に細胞が増えて勝手な細胞の塊が出来ただけで他の悪さをしなければ、それは「良性腫瘍」として切除するだけでほどんどの場合簡単に完治します。

「増殖する」という性質だけでなく、その他のいろいろな「がんが持つ悪質な性質」を獲得した細胞の集合体が「がん細胞」として体の中で集団として活動する状態が「がんになっている」状態と言えます。

ひとは本当に簡単にがんになるのか?

ここまででゲノムのDNAの変異が細胞のがん化の原因であるということがわかると思います。

人はたくさんの細胞でできていますがそのほぼすべての細胞が「がん化」する可能性を持っています。
そうすると「ひとって簡単にがんになるんだな・・」と思いましたか?

でも周りでたばこを吸ったり肌を焼いたり、刺激物を食べたり・・そんな風に発がんの可能性を高める行動をとっていても元気な人はたくさんいますよね?安心してください、人はそう簡単にがんにはなりません。

もう一度言います。人の細胞は簡単にがん細胞にはなりません。その理由は人の体には「がんならないための仕組み」が備わっているからです。
次に「がんにならないための仕組み」についてお話ししたいと思います。

がんにならないための体の仕組み

がんの勉強をすればするほど、細胞にはがん化を防ぐような仕組みがあることを理解できます。それもこの仕組みは一つや二つではありません。何重もがん化に対する防衛機構が体には備わっています。非常に単純なものから複雑なものまで、多岐にわたります。

代表的な機能をお話ししたいと思います。

①壊れた細胞はがん化する前に自滅する
たとえば細胞の故障を検知して、重要な機能が壊れた細胞は自殺するようにプログラムされていてこれを「アポトーシス」と言います。
例えば細胞が壊れて勝手に増殖を始めようとしてもそれを察知して、細胞は自殺(アポトーシス)に導かれます。
細胞がヘンテコになったことを察知する方法はいくつもあって、逃さないように厳密に制御されています。

②故障した細胞を免疫細胞が排除する
がん化しかけたり、すでにがん化した細胞が発生したとしても細胞を免疫細胞が排除することもあります。実際に体の中には毎日多くのがん細胞が発生しているといわれ、それでもがんにならないのは免疫細胞によるパトロールと取り締まりのおかげとも言えます。
免疫力を高めることががんにならない体を作る!と一般的に言われるのはこのためですね。


このように多くの故障した細胞は取り除かれ、細胞ががんになる前に阻止されています。システム的に制御され細胞のがん化は阻止されているわけですね。

正常な細胞ががん細胞になり、なおかつ増殖して悪性腫瘍として組織を作ることは、一筋縄ではないのです。
私たちの体で毎日たくさんの細胞が生まれ、その細胞ががん化する可能性がありながらもがんにならないのはこのような強力な防衛機構が何重もあるおかげです。

だからこそ「がん細胞」として猛威をふるうような細胞はこれらの防御機構を突破して発生した超エリートながん細胞であるということになります。
又は、細胞のがん化を防ぐ重要な機能が壊れてしまったか、そのどちらかです。

ちなみ「細胞のがん化を防ぐ防衛の要」のようなタンパク質が存在します。それは「p53」というタンパク質です。興味のある人は調べてみてください。
「がんの生物学 Cancer」の教科書には和訳で「護衛隊長兼死刑執行人」として紹介されています(大袈裟な和訳に思えますが本当にそれほどに重要なタンパク質です)。例えばこのタンパク質がヘンテコ(変異)になってしまった場合、がんでの致死率はかなり高くなります。

例えば「がん家系」などと呼ばれる家族性(遺伝性)のがん傾向の多くはこのようながんの制御に関与する重要なタンパク質が設計されているゲノム上(DNA)に変異が起こっていることが多く、それが遺伝的に引き継がれていることが多いです。

細胞のがん化については、多くの関門であるがん化の防御機構を突破し、たくさんのステップを乗り越えてがん化する過程から、「多段階発がん」などともいわれます。p53のように一つで重要ながん化抑制を担うタンパク質もありますが、たいていは1つの変異ですぐに細胞ががん化するわけではなく、そういった変異の蓄積によってより悪質な性質を獲得していく、と言ったことが多いです。

正常な細胞ががん細胞になってしまったら?悪性新生物の誕生

人の体の維持は成長や代謝が刻一刻と繰り返されています。例えば、上皮細胞は毎日生み出され日々剥がれ落ちていますし、血液も毎日作り出され、古い血液は尿として排出さるなどして新しくなっています。
また日々体の中で細胞は傷つき、損傷し、壊れてしまった細胞が生まれては排除されます。たくさんの細胞の集まりである人体という組織はそうして正常に活動できるように秩序が保たれています。

しかし、体の多くの防衛機構を乗り越えて「がん」となってしまった悪性度の高いエリートがん細胞は、ちょっと機能が壊れた程度の細胞とは桁違いの脅威になります。がん細胞が現れたということは体の中の防御機構の多くはすでに突破されているため、基本的ながんに対する防御はそのがん細胞には既に効果が無いか薄いということになります。
そうすると、がん細胞の身勝手な増殖を防ぐことは難しくなります。そうして組織の中で身勝手に増えてがん細胞の塊を作って、自分の居心地のいい場所を作ってしまいます。これが悪性腫瘍と言うものです。
細胞はたまに細胞の塊を作ることがあります(良性腫瘍)が、悪性腫瘍は腫瘍を構成する細胞ががん細胞の特徴を持っている場合を指します。がん細胞は「悪性新生物」とも呼ばれますがまさに言葉の通りで体の中に別の悪い生き物が現れたかのような感じですね。勝手に自分たちの仲間を増やして自分勝手に増えてしまいます。

ここまで来ると元々体に備わっているがんを防ぐ機構や免疫システムだけではがんを防ぎきれない段階まで来ているということになり、体内の防御システムだけで自然にがん細胞を排除することはかなり困難な状態です。

つまり病院で「がん(悪性の腫瘍)」ですと診断されるということは、こういった強いパワーを得たがん細胞が見つかった状況で、かなりヤバいやつが体の中で現れて暴れて、しかもある程度仲間を増やしている、と言うことになります。

あなたの体の防衛機構はすべて突破され、手に負えないやつが暴れまわっています、と言ったイメージでしょうか。

がん細胞はどんどん変化して強くなっていく可能性が高い

がん化した細胞は増殖する力が強く、また正常な細胞のように秩序を維持する機能が壊れています。そのため、どんどん体の中で増えて自分の居心地のいい場所を増やしていきます。
もはやルール無視の無法者のような感じです。組織の中の誰の言うことも聞き入れてくれません。

正常な制御が壊れているがゆえに新たな性質を素早く獲得して悪い方向にパワーアップいくこともあります。
増殖能力がより強くなったり、別の場所で病巣(新たな住処)を作ったり、血液に載って別の場所に移動して新たな腫瘍を作ったりと、体の中で生き残るために強くなっていっていきます。

がん治療中に抗がん剤のような薬剤への耐性を獲得することもこの一つです。薬剤による治療を続けていくと最初はがん細胞に効果があったのにしばらくすると効果がなくなってくる、ということがよく起こるのはがん細胞が新たなパワーアップ(薬剤耐性)をしたといった状態です。

がんの進行とは悪性腫瘍の大きさ多さに伴って、がんの獲得している性質がより悪質である度合いが強いほど進行していると言えます。
臨床的にはそうした状況に加え、実際の症状などを総合してがんの進行具合を「ステージ」で分類して示します。医療系ドラマなどで出てくるがんの「ステージ〇〇」というのはそういうものです。

より初期のがんであれば、それほど強い力を持った(変異を積み重ねパワーアップした)がんにはなっていない場合が多く、
その場合は腫瘍を取り除くことでがん細胞を排除できる可能性が高いです。
よりがんが進行した状態であれば、がん細胞が自分自身で活動できる力を強めていて、腫瘍取り除いても色々な組織に移動して様々な臓器で仲間を成長させる力をもっています。これががんの悪性度が高い状態と言えます。

人は必ずがんになる?

ここまでで「がん」について理解してもらえたでしょうか。あくまで概念的で抽象的な話でもありますが。。
最後に「人は必ずがんになる」というお話をしたいと思います。

まず、この世に致死率100%の病気は絶対に存在しません。それはなぜでしょうか?免疫細胞が存在するからです。免疫細胞は体を防衛してくれるシステムで学習能力があります。外的なウイルスや細菌がどれほど強力でも免疫システムを100%突破できる保証はありません。

そして免疫は外的な敵だけでなく自分の体の中で生まれる「がん細胞」に際しても同様に組織を正常に保つために防衛してくれます。
では人は必ずがんになる、というのはどういうことでしょうか?

正常細胞のがん化は確率によるもの。DNAの損傷と発がんの話

環境ストレスによるDNA損傷は確率的に起こります。生きている限り肉体は様々なストレスに曝され続け、その損傷はDNAにも蓄積していきます。そうしてDNAに無数の傷を作ることになります。ストレスによってDNAのどの部分が損傷を受けるかはランダムです。DNAの損傷の結果がたまたま「細胞を異常に増殖させる」ような結果をもたらすことで細胞ががん化するための一歩を進んだと言えます。

このように、ひとの細胞ががんになるかどうかは確率的な問題と言えます。ひとが生きている限り体の全ての細胞はストレスにさらされ損傷を受け続けるので、必然的にがんになる確率が上がっていくと言えます。

つまり長く生きていればいるほどに、がん化する損傷を受ける確率は上がっていくといえます。地球上には様々な環境ストレスが存在し、その一つに酸素もあります。確率なので100%とは言えませんが、人は長く生きているうちに限りなく100%に近い確率でがんになるのでしょう。
人の細胞分裂の回数は決まっていて、心臓の拍動数も決まっているといわれています。
寿命というのはある意味多細胞生物の宿命としてがんになる前に死ねるようにそういう生き物として進化の結果、一つの制御の形として完成したのかもしれません。

がんになる確率を上げる要因

細胞やDNAを損傷させやすいような活動をしていると、よりがんになる確率を高くすると言えます。
これが良く言われる「紫外線」であったり「たばこの煙」であったり「焦げた食べ物」とか、、もっと直接的には「農薬」のような化学薬品に含まれる物質であったり・・さまざまなストレス物質が存在します。とにかくDNAを損傷させやすい物質を摂取したり曝されたりすると細胞のがん化の確率を上げます。

そして注意しなければならないのは「蓄積」です。細胞やDNAに継続的にダメージを与えるような物質が体内に蓄積することがあります。
体内に取り込んだ物質は分解して取り込むか、排出しようとしますが、何らかの形で蓄積されるものもあります。その物質そのものが害がある場合もありますが、蓄積することで害になってくるものもあります。蓄積されるということは人の代謝や生体機能では排出が難しいものということになるので、年月を重ねるごとに摂取したものが体内に留まり何らかのストレスになり、それが結果的に細胞やDNA損傷に繋がり、発がんに繋がる場合もあります。

発がん性物質・放射線の影響

このようにDNA損傷させやすいものが「発がん性物質」と呼ばれるわけです。発がん性物質は「がんになる確率を確実にあげる」物質ではありますが、あくまで確率が上がるだけですぐさまがんになるわけではありません。ただし、確率を高めることは確実です。

昔東北の地震での津波の影響で福島原発から膨大な放射性物質が日本中にばらまかれたときに「直ちに影響はありません」という表現を政治家が使っていましたね。つまりそういうことです。
ただし放射線というのは恐ろしくて、体を突き抜けてダイレクトにDNAを破壊しますので、被ばく量によっては直ちに影響が出る場合はあります(DNAだけでなく直接臓器や組織を破壊する場合もあります)。
線量(被ばく量)が少なければ、確かにすぐには影響はありませんが確実にその影響は出ます。もちろん確率はあくまで確率なので100%ではありませんが、発がん率は必ず上がります。

ちなみに放射線というのは自然界にも存在しています。それは宇宙から降り注ぎ地上に達するものであったり、大地からのものであったり。そういったものも環境ストレスの一つではありますが、地球上で進化してきた生物であれば適応の範囲内と言えるでしょう。もちろん、浴びた紫外線は必ず発がん率を向上させることは同様ですが、ある程度のDNA損傷であれば修復機構もあり、また重症であってもほとんどの場合はアポトーシス(異常な細胞の自死)によってがん化は阻止されます。

発がん性ウイルス

最後に外的な要因でより直接的にがんになる可能性の高いものをご紹介しておきます。これは「ウイルス」です。ウイルスにも実は色々な種類があって、その中でも人のゲノム(DNA)に直接働きかけるような仕組みを持つものがあります。

ウイルスの中には人のがん化に密接に関与する特定のゲノム上の場所をターゲットにするものがあります。その場合、クリティカルに細胞がん化になるような変異を起こします。もちろん、免疫が存在するのでがん化した細胞を駆除できる可能性もありますが、頻度によっては悪性化した細胞が増殖する可能性は高くなります。

例えば子宮頸がんなど様々ながんを引き起こすHPVなどはその一つです。

私の研究分野

最後に私が研究していたことを少しだけお話ししておきます。私は癌幹細胞に興味をもって研究していました。腫瘍組織を構成するがん細胞は一様ではなく、実はヒエラルキーが存在するということが明らかになっています。正常な組織のように多くの組織細胞を生み出す「幹細胞」と組織を形成する細胞のようにがん細胞にも差があるというものです。

このように現在は腫瘍組織を形成する中でがん細胞を生み出せるような細胞を「がん幹細胞」と考えます。がん幹細胞は腫瘍を構成するすべての細胞を生み出すことが可能と考えられ、がんの根本的な発生原因の1つであると考えられます。そこで細胞のがん幹細胞化のメカニズムに着目して、その原因タンパク質を解明しようというのが私の研究の1つでした。

一度自分の昔の専門分野について語ってみたかったので楽しかったです。がんは研究対象として本当に興味深いです。がんという病気は研究対象としてはロマンがあると私的には魅力を感じていました。といっても今はしがないシステムエンジニアです。こういう文章を書くのは好きです